立憲主義≧民主主義 その1

2014年5月2日 01時41分 | カテゴリー: 市民参加, 憲法, 活動報告

 「9条を変える」「96条を変える」「憲法は変えないけど、解釈を変える」「新しい憲法を作る」。安倍政権はいろいろ言うけれど、そもそも私たちはどれほど自分たちの国の憲法を知っているのでしょうか。3回の講座に参加してきましたので、ご報告します。

 

憲法ってなんだ?

 昔は、権力を持った人(国家ともいえます)がそこに住む人(国民)を支配していました。権力を持った人は放っておくと暴走します。この暴走に歯止めをかけ、国民の自由を守るのが憲法です。個人を尊重し、憲法によって権力に制限をかけて政治を行うことを立憲主義と言います。 

 権力に制限をかけるものであるので、①人権を保障する規定が多い②「~してはいけない」という制限規範として読む③最高法規として位置付いている、わけです。
 私たちは、権力を持った者に対して「憲法に定めたことを守るのであれば、その権力の行使を認めよう」という契約を結んでいるのです。だから、憲法には人権保障や権力の分立が定められていて、私たちがチェックしなければならないとされています。

 

民主主義?

 私たちは物事を決めるとき、話し合ったり多数決を取ったりします。「いい方法」と思われているこのやり方。でも、万能ではありません。なぜでしょう?ある議会を例にとってみましょう。

 この議会は24人の議員で構成されています。男女比は7:5です。30~40代が占めるのは全体の1/3で、20代はいません。
 議会では、学校を卒業後、なかなか就労できない若者に対する支援について議論しています。就労できない理由は様々ですが、自治体は新たな支援体制を作る予算はない、と言っています。議員も現状を調べています。しかし、議員それぞれがかつて経験してきたことが判断を左右しないとは言い切れません。かつてこの国は、失業率の低い国でした。その経験のもと、財政難を理由に「新たな支援をしない」ことが多数決で通ってしまう可能性があるのです。そうなれば、一人ひとりが持っている「人間らしい生き方」の権利を多数が奪ってしまうことになりかねません。

 多数決で物事を決めることはある意味で合理的ですが、一人ひとりを「個人として」尊重しようとすると理不尽なことが起こってしまうかもしれないのですね。

 

 

 「一人ひとりの尊厳を最大限に重んじる」「誰であっても法の下にある」という考え方は、権力を持たない側が長い時間をかけて勝ち取ってきたものです。「憲法を語る」というと、気恥ずかしいし、難しそうでめんどうくさいもののような感じがしますが、改めて読み直し、「自分はここに書かれているようになっているか、いないか」確認してみてはいかがでしょうか。

 

(つづく)

※例にとった議会や議題は、特定のことを指すものではありません。